プリンツホルン・コレクション
ハイデルベルク,ドイツ
ハイリゲンベルクより城址と旧市街を望む

「古きハイデルベルク、汝うるわしの街」
 アイヒェンドルフやヘルダーリンなど多くの詩人が称え、ゲーテが一時身を寄せ、アヒム・フォン・アルニムやブレンターノが若いグリムらとともに民話集『少年の魔法の角笛』を著して一大ロマン派運動をおこした街。14世紀後半、ドイツ語圏でウィーン、プラハに次ぐ三番めに古い大学が創設されて以来、常にドイツの知の最先端であった街。それがハイデルベルクである。
 十六世紀にオットー・ハインリッヒが新教に傾倒したのがもとで、ハイデルベルクは当時強力だったハプスブルク神聖ローマ帝国において貴重なプロテスタントの拠点となった。17世紀に入り新旧教の融和政策を取ったアンリ4世が暗殺され、新教側のリーダー格だったウェールズのヘンリー皇太子がチフスで死んだ後、新教側の期待の星と目されたのがプファルツ侯フリードリヒ5世であった。彼はメアリ=スチュアートの孫娘、英国王ジェームズ一世の長女エリザベスと結婚。反ハプスブルク勢力の後押しを受けたフリードリヒはボヘミア王に選ばれるが、1620年の白山の戦いであえなく敗北……。フランシス・イェイツは『薔薇十字の覚醒』(工作舎)でその経緯を薔薇十字運動と絡めながら語っている。薔薇十字運動は自然魔術と自然科学が未分離だった時代、西欧近代化の方向を様々に模索した重要な原動力の一つであった。 
  フリードリッヒ5世の指示のもと、サロモン・ド・コオ(1576−1626)は新しい城庭園の設計を行った。それはルネッサンスのイタリアが産み落とした最先端の水力学、空気力学を駆使した機械仕掛けの庭園となるはずだった。音楽を奏でる噴水、言葉を話す彫像が随所に配され、当時は世界七不思議に次ぐ八番めの世界不思議に数えられたというホルトゥス・パラティヌス(プファルツの庭園)である。今はその跡をごくわずか残すのみだが。このあたりは原研二の『グロテスクの部屋』(作品社、叢書メラヴィリア)に詳しい。

プリンツホルン・コレクション内部

 えらく前置きが長くなったが、とにかくハイデルベルクは自然と歴史の魅力に充ちた美しい街である。
 1918年にこの地で大学病院精神科の助手の仕事に就いたハンス・プリンツホルンは、カール・ウィルマン教授の支援のもとに精神障害者の造形作品を収集した。ドイツ、オーストリア、スイス、イタリア、オランダのほか、米国、日本の病院や施療院からも作品が届けられ、結果的に約500人の精神障害者(そのほとんどが統合失調症患者)による5000点近い彫刻や絵画が集まった。
 その後プリンツホルンはハイデルベルクに約1年半だけ滞在した後、病院を離れてドレスデンに赴く。彼の不在によりコレクションは拡張をストップ。1933年のナチス政権樹立とともに、カール・ウィルマンに代わって親ナチの精神医学者カール・シュナイダーが主任教授に就き、近代芸術の成果を貶すために行われた『頽廃芸術展』(37年ミュンヘンではなく38年ベルリン展以降)においては、表現主義者の芸術作品が精神障害者のそれに極似していることを強調するためにプリンホルンの収集した作品が利用された。(プリンツホルンは33年にすでに死去)

コレクションのトレードマーク、
J・フォースターの絵画

 その後コレクションは部分的に紛失、毀損の憂き目に遭い、残った作品もきわめて劣悪な状態で放置された。1960年代に入ってから、マリア・ラーヴェ・シュヴァンク(Maria Rave-Schwank)が中心となり、作品を倉庫から取り出して1点1点確認しながら再カタログ化をおこなった。その結果、1967年に選りすぐられた作品が、ハイデルベルク市内のギャラリー・ローテ(Roth)で展示された。1980年にはドイツやスイスで初めての大規模展示会が行われ、85年にはイリノイ大学のクラナート(Krannert)美術館の企画により米国にも渡った。
 20001年9月、これまで神経病院の一棟だったジョセフ・ドゥルム設計による1890年頃のネオルネッサンス様式の建物が改装されて、コレクションの常設展示が始まる。

 プリンツホルン・コレクションは、旧市街と新市街を分けるビスマルクプラッツから、新市街のほうへ5分ばかり歩いた病院の一角にある。ネオルネッサンスといってもなあ、と言いたくなるような何の変哲もない病院の別棟が常設展示場である。中は上画像のように吹き抜けになっており、上部に軒廊をめぐらせている。このホールのほかにも、半地下室があり、そこにはカール・ブレンデルの彫刻作品が置かれている。2001年の11月頭に訪ねた際には、アウグスト・ナッテラー(やはりこの人の作品が一番好きだな)やヨハン・クノップフの作品が展示されていた。 翌年2002年秋にも飽きずに寄ってみたが、この時は主要作品はイオナの展示会に貸し出されており、パウル・ゲッシュなどナチスに殺された人々の作品を企画展示していた。

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