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旧市街の時計塔
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スイスの首都ベルンの旧市街は、アーレ川が深く包み込むように周囲を流れ、まるで挿入された男性器のような形をしている。なだらかな傾斜に中世風の家々が立ちならぶ美しい街並みは、世界遺産に登録されている。ゲーテは1779年にベルンを再訪して「かずかずの都市を訪れたが、これほど美しい街は他になかった」と述べた。フェルディナント・ホードラー(1853−1918)やパウル・クレーを輩出し、アインシュタインが若いころ住んだ街としても知られている。
スイス連邦議事堂の前の公園からは、川の向こうのはるか彼方に陽光を受けてうっすらとピンクに染まる、ベルナーアルプスの美しい山並みを拝むこともできる。
ベルン美術館は、オイゲン・シュテットラー(1840−1913)によって1876年から3年がかりで建てられた擬ルネッサンス様式の建物である。
受付から右手に向かうとナム・ジュン・パイクのテレビを積み上げたオブジェがそびえ立ち、地上階の奥にはベックリンなど19世紀の絵画作品が並んでいる。地階に下ると残酷な画題を好むニクラウス・マヌエル・ドイッチュの見るも無惨な『アララット山の1万人の殉教者』のほか、中世ゴシック絵画の数々が展示されている。
この美術館は2500点に及ぶパウル・クレーのコレクションで有名だが、当然その全点が常設されているわけではない。通常見ることができるのはごくわずかである。それでも2000年の暮にここを訪ねたときは、運良くクレー展が開催されていたため、1903年から5年にかけて描かれたシリーズや、亡くなる前に沢山描かれたデッサンの数々(有名な『天使』も1939年)を拝見することができた。
上の階に上って右手にある大きなホールには、主にフェルディナント・ホードラーの大作が並んでいる。正面右の角には象徴主義の影響の強い有名な『夜』がある。繰り返しを多用した、奇妙でおぞましい絵画だが、ちょっとしたユーモアさえも感じられる。
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ベルン美術館のヴェルフリの小部屋
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しばらく『夜』を眺めていて、ふと右側に小部屋があるのに気がついた。何の気なしに中に入ってみると、なんと! あるではないかあるではないか、ヴェルフリが。そこはまさにヴェルフリ・パンテオン。正直なところをいうと、種村李弘のエッセイや芸術新潮93年の特別号で見る限り、その文芸作品の面白さには納得するものの、美術として見た場合にはどうも首肯しがたく感じたものだ。子供がよく描くクレヨン画以上のものではないと思った。たぶんそれは拡大された部分だけを見たせいであろう。ヴェルフリ・マンダラや6線譜などがびっしり書き込まれた茶色い画用紙上の実際の作品に前後左右を囲まれると、背中にぞぞぞっと戦慄が走り、しばらくのあいだは圧倒されて震えが止まらない始末であった。
それにしても、アールブリュット・コレクションを除き、ここまで丁重にアウトサイダーアートを展示している公立美術館は少ないのではあるまいか。何せヴェルフリが精神病院入院者だということを抜きにしても、彼の幼女に対する性的暴行は払拭できない事実なのだから。まあ、それをいうなら別にアウトサイダーでなくても、幼女暴行容疑の芸術家はエゴン・シーレやアドルフ・ロースやロマン・ポランスキーなど何人もいるが……。
いずれにせよ、あらためてヴェルフリの偉大さを知るとともに、ベルン美術館の見識の深さに頭の下がる思いがした。ちなみに、美術館パンフレットでもヴェルフリは大きく扱われている。
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