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ウニカ・チュルン (Unica Zurn)
1916年 ベルリン(独)生 ― 1970年没
ベルメール撮影によるチュルンの緊縛写真の一例

  【略歴】 
  1916年7月6日、ベルリンのグルネワルトに生まれる。父は旅行家・著述家で、東洋の珍しい収集品に囲まれて育った。自伝によると、10歳のときに16歳の兄から性的虐待を受けたようである。
  学校を卒業後、映画会社UFA(ウーファ)に入社し、記録保管係やフィルム編集者、美術顧問として働く。1949年からドイツとスイスの新聞に寄稿を始める。
 1942年に結婚。女児を一人、男児をひとりもうけた後、49年に離婚。
 1953年、ベルリンでハンス・ベルメールと知り合う。チュルンは当時37歳、ベルメールは51歳だった。ふたりでパリに移住、彼女はそこでアナグラムを用いた詩を創作、「自動画」(デッサン・オトマチック)を描き、ソレイユ・ダン・ラ・テート画廊で個展を開いた。
 1954年、ベルリンで10篇のアナグラム詩と10点のデッサンからなる『魔法文書(ヘクセンテクスト)』を刊行。ベルメールが後書きを寄せている。
 1957年、ソレイユ・ダン・ラ・テート画廊で2度目の個展。ピエール・ド・マンディアルグが目録に序文を寄せる。このときブルトンやデュシャン、エルンスト、アンリ・ミショー、マン・レイらと知り合う。
 1959年、パリのシュルレアリスム国際展(EROS)に出品。62年と64年にも個展を開いている。
 1960年代初頭より精神病を発症して入退院を繰り返す。この期間に自分の病状をつづった手記『デア・マン・イム・ヤスミン(直訳はジャスミンの中の人)――ジャスミンおとこ』を執筆。
 1969年、ハンブルクのメルリン書店より、幼年時代の自伝『暗い春』が出版される。
 1970年、『暗い春』フランス語版がベルフォンより出版。
 同年10月19日、チュルンは精神病院の窓から飛び降りて死亡する。
 1971年に『ジャスミンおとこ』仏語版がガリマール出版より刊行。
 ベルメールは彼女が死んで5年後に、長い病床生活を経て亡くなっている。

 村上龍は『ラッフルズホテル』『イビサ』『ライン』ほか多くの作品で精神疾患をわずらう女を描いており、狂気の描写には定評がある。ひょっとすると精神科医の友人がいて、興味深い症例記録をひそかに入手し、それを模倣することで狂気の表現を磨いたのではないかと勘ぐってしまうほど巧い。
 狂気とSMと文学の結びつきは何も村上龍のオリジナルな方向性でもなければ現代的なテーマでもない。それは、マルキ・ド・サドやオスカー・ワイルドの時代から引き継がれた近代文学の伝統のひとつである(あるいはミシェル・フーコーに倣って、『ドン・キホーテ』までさかのぼっても良いかもしれない)。
 狂気は小説が登場した19世紀の時代から現代まで、ロマン主義の関心の対象であり続けてきた。優れた狂気の表現には、意識の下に蠢いている思考の原初的な形態が鮮明に見られる。
 ウニカ・チュルンの『ジャスミン男』を読むと、脳の奥底に秘められた「ウル(原始)思考」的なものが実に明瞭に表現されていることに気づく。それは節度ある感情と欲望、及び合理的な判断をもとにして生きてきたつもりの自分が、いかに脆く儚い存在なのかをあらためて思い知らされる瞬間である。

 『ジャスミンおとこ』から興味深い部分を抜粋してみよう。

 何億という赤血球が体からなくなるとき、体がアレルギーのために無数のしみで覆われるとき、貧血病者の手記にこう記す。「誰かがやって来てわたしの中を歩きまわる。わたしの中に住みついてしまう。外部の、牛の唸っている黒い土地に、その誰かは居るふりをしている。この外部の眺めがわたしのまわりに環になって締まって来る。内部からはその誰かに歩きまわられ、外部からはその誰かにとりまかれる、というのが私の新しい身の上だ。これはすてきだ。」
 夜に、美しいが危険な生き物の夢を見る。乙女であってまた蛇であるもの ――長い髪をして。このものはまわりの世界を破壊しょうとしている。それで注意深く手術をして、破壊をしでかしそうなものを皆取り去ってしまう。脳を取り、心臓を取り、血を取り、舌を取るが、何よりもまずその両眼を取ってしまう。ところが髪の毛を取るのを忘れる。それが間違いだった。というのは、その生き物は、盲で、貧血で、ものが言えないが、たいへんなカを身につけてしまって、そのまわりの者はその毒手を免れるには逃げるしかない。これはいったいどういう意味なのだろう。

                        以上、『ジャスミンおとこ』 ウニカ・チェルン著 西丸四方訳より抜粋

 ちなみに『ジャスミンおとこ』を訳した西丸四方は、東条英機の後頭部をぽかりと叩いた大川周明を担当した精神科医で、アウトサイダー・アートに通底する強迫観念に溢れる作品を数多くつくった世界的アーチスト、草間彌生の初期紹介者としても有名である。

ジャスミンおとこ―分裂病女性の体験の記録 ジャスミンおとこ―分裂病女性の体験の記録
ウニカ チュルン Unica Z¨urn(著)  西丸 四方(訳)
みすず書房 1997-10

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 ハンス・ベルメールによるウニカ・チュルンの緊縛写真は以下の作品中に見られる。
ハンス・ベルメール写真集 ハンス・ベルメール写真集
ハンス・ベルメール アラン・サヤグ 佐藤 悦子
ブッキング 2004-08

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 なお、狂気と近代・現代文学との結びつきについて、哲学者ミシェル・フーコーが興味深いことを述べています。
 こちらをご覧ください。




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