草間 彌生 (Yayoi Kusama)
1929年(松本市,日本)生 ― 
『ナルシスの庭』(2001年横浜トリエンナーレ)

  草間彌生は現代日本を代表する天才的な芸術家である。
 彼女の作品はアウトサイダーアートではない。しかし、メタリックな色の男根状の突起やマカロニ、鮮烈な色のドットが止め処もなく増殖し氾濫するイメージは、反復の多用を特徴とするアウトサイダーアートの作品群を想起させる。草間の少女期に始まる極度の強迫観念や幻視、知覚変容が作品に深い影響を及ぼしていることは紛れもない事実だ。
 草間は自らの芸術作品をサイコソマティック・アート(psychosomatics art-心身医学アート)もしくはオブセッショナル・アートと呼んでいる。オブセッション(強迫観念)とは、本人の意志とは関係なく頭に浮かぶ観念やイメージ(特に不安や不快感をもたらすもの)に強くとらわれることだ。これは普通の人にも見られることだが、強迫観念に苛まれて日常生活に支障が出るようだと強迫障害と呼ばれる。手の汚れが気になって何度も水洗いする例や外出の際にガスの元栓や鍵を閉め忘れていないかと極度の不安にかられる例はよくある。草間の場合、セックス―男根への恐怖や工場で大量生産されるマカロニへの不快感にとらわれ、極度の不安から脱却するためにあえて不安の対象を増殖させたという。不安の対象を何千何万と作り続けることで恐怖感が親近感に変わると信じたからだ。
 草間彌生の芸術は、彼女の長年にわたる精神の病いとの凄絶なる闘争の軌跡と言えるだろう。



【略年賦】
1929年3月22日、長野県松本市にて種苗業を営む草間嘉門と茂(しげ)の末娘として生まれる。
1941年、県立松本第1高等女学校に入学。同校の教師、日々野露径に日本画を学ぶ。戦争のため、パラシュート工場に動員されるが肺病により帰宅。この頃より両親の度重なる諍いに翻弄され、喘息や不整脈・頻脈に悩み、離人症となる。動物や植物の声を聴く幻聴やもののまわりにオーラを視る幻視を経験。
1948年、京都市立美術工芸学校の4年最終課程に編入。翌年卒業。
1950年に日本画『猫』で第1回長野県展に入選。翌年、『残夢』で第2回創造美術展に入選。
1952年、3月に松本市第1公民館で約270点の作品からなる初の個展を開く。10月にも同場所で個展。信州大学の精神科医・西丸四方博士が草間の作品に関心を示し、日本精神医学会に作品に関する論文を寄せる。草間は後に、西丸から「家にいたらあなたはもっとノイローゼになるから、少しでもお母さんから離れなさい」とアドバイスを受けて外国への渡航を考えるようになったと記している。ゴッホ研究の権威で山下清の紹介者として有名な式場隆三郎も関心を寄せ、大規模な個展や画集の出版が企画される。
1954年、日本橋白木屋百貨店で東京初の個展。
1955年 林芙美子の紹介で3月に東京の求龍堂画廊に出品。川端康成が作品を購入(※少女時代に便所で描いた「不知火」「雄しべの愁い」など)。5月、ニューヨークのブルックリン美術館で開催された第18回国際水彩画ビエンナーレ展に出品。この展示会は日、米、仏の3セクションに分かれ、日本の紹介は初めてだった。草間はこれを機に渡米を決意。同展に作品を出展していたニューメキシコ在のジョージア・オキーフ(Georgia O ' Keeffe )及びシアトル在のケネス・キャラハン(Kenneth Calahan 1906-1986)に手紙と水彩画作品を送る。
1957年、実家の親類であった外務次官の植原悦二郎の懇意としていたシアトルの実業家がアメリカでの身元引受人となり、内村祐之博士や西丸四方博士などの働きかけにより、米国ビザが下りる。11月18日に渡米。ケネス・キャラハンやワシントン大学教授ジョージ・ツタカワを通じ、12月にシアトルのズゥ・ドゥザンヌ画廊でアメリカ初の個展。翌58年6月にニューヨークに渡り、コロンビア大学の研究生だった若い精神科医竹友安彦と知り合う。来訪したオキーフがイーデス・ハーバートの画廊を紹介。『巨大な白い無限の網(Infinity nets)』制作。
1959年、第20回国際水彩画ビエンナーレ展にアメリカセクションから出品。
 10月にNYのブラダ画廊で個展『オブセッショナル・モノクローム展』を開き、ドナルド・ジャッドや著名な美術評論家が絶賛。
1961年、この頃より突起物で素材を覆う作品やソフト・スカルプチュアの作品を手がける。ドナルド・ジャッドとともにソファなどの家具を拾ったり、カメラマンのハル・ライフからボートをもらうなどして素材を調達した。
1962年、アメリカ永住権が認められる。10月のNYグリーン画廊で男根状の詰め物の突起で覆われた椅子を展示。翌63年12月、NYガートルード・スタイン画廊で個展「集積の1千のボートショー」を開催。ウォーホールと会う。
1965年、ハプニングによる活動を開始。活動の中心の場をヨーロッパに移す。
1964年、4月にNYカステラーニ画廊で「食物と性のオブセッション」をテーマに個展「ドライビング・イメージショー」を開催。ハーバート・リードに評価される。翌65年11月に同画廊で個展「鏡の部屋ーファルスの原野」。
1966年、3月にNYカステラーニ画廊で電飾をあしらったマルチメディア・インスタレーション展「草間彌生のピープショー」。ヴェネツィア・ビエンナーレ展で1500個のミラーボールからなる「ナルシスの庭」を出品。会場でミラーボールを1個2ドルで販売するハプニングをおこなったところ「芸術作品をホットドッグのように売るのはいかがなものか」と非難される。
1967年から68年にかけて、世界各地で多数のハプニングをおこなう。前衛映画監督のジャッド・ヤルクトが草間のハプニングを撮影。草間の自作自演映画『草間の自己消滅』制作(68年の第4回国際短編映画際入賞、第2回アン・アーバー映画祭で銀賞)。映画作品の通信販売をおこなうが、ポルノ規制法違反で摘発される。ほかにも自作自演で『フラワー・オージー』や『ホーム・セクシャル・オージー』を撮影。ウォール街のワシントン像前や自由の女神像前で裸身に水玉模様を施した4人によるハプニング『人体炸裂』をおこない、警察に阻止される。このような活動がスキャンダルとして大々的に報道されたため、日本の家族に送金を停止される。
1998年3月ロサンゼルス・カウンティ美術館開催の草間彌生回顧展の大看板
1970年、日本に3か月ほど1時帰国。『奈良和モーニングショー』でオールヌードになろうとして阻止される。
 NYで「草間ファッションズ」を設立し、草間のデザインした商品を全米400か所で販売。11月 週刊誌『クサマズ・オージー」を発刊。
1972年、アメリカ版『Who's who』に名前が登録される。12月29日に恋人のジョゼフ・コーネル逝去。
1974年、6月に父親が逝去。
1975年2月、新宿の晴和病院に入院。12月、東京・西村画廊でコラージュ作品による個展「冥界からの死のメッセージ」
1977年1月、晴和病院に再入院。6月、玉置正敏、世耕政隆(*)と共に「ジャパン・エディション・アート」社を設立。(*)安倍内閣の首相補佐官である世耕弘成・参議院議員は甥に当たる。
1978年、処女小説『マンハッタン自殺未遂常習犯』を刊行。
1979年、版画の制作を開始。
1983年、小説『クリストファー男娼窟』が角川書店「野生時代新人賞」を受賞。12月に母親が逝去。
1985年、小説『聖マルクス教会炎上』刊行。
1986年、画集『草間彌生 ドライヴィング・イメージ』刊行。
1987年、北九州市立美術館で初の回顧展が開催される。
1988年、小説『ウッドストック陰茎斬り』刊行。
1989年、小説『傷みのシャンデリア』『心中櫻ヶ塚』刊行。9月にNY国際現代文化センター(CICA)で回顧展。11月にロンドン・オックスフォード近代美術館で個展。
1991年、村上龍の映画『トパーズ』に出演。
1993年、ヴェネツィア・ビエンナーレに日本代表として出品。
1994年から野外彫刻を手がける。作品は福岡美術館、福岡教育センター、直島ミュージアム、九州霧島公園に幻花、大林組の本社に「インフィニティ・ネッツ」ほか。
1996年、NYポーラ・クーパー画廊での個展「草間彌生1950年代、60年代の作品展」が国際美術評論家連盟より95−96年のベスト画廊展に選ばれる。
1998年3月からロサンゼルスカウンティ美術館を皮切りに草間彌生大回顧展が始まる。
2000年、第50回芸術選奨文部大臣賞・外務大臣賞を受賞。
2003年、フランス芸術文化勲章オフィシェ受勲。
2004年、六本木・森美術館「クサマトリックス」で52万人を動員。東京国立近代美術館『草間彌生―永遠の現在』展。翌05年、京都国立近代美術館、広島市現代美術館、熊本市現代美術館、松本市美術館を巡回。
2006年、旭日小綬賞、高松宮殿下記念世界文化賞受賞。

【参考文献】
 『無限の網―草間弥生自伝』 草間弥生 (著)  作品社 (2002/03)
  狂騒とサイケデリックに明け暮れる60年代のニューヨーク事情と、ジョゼフ・コーネルとの哀切に溢れた話が詳しく書かれていて一読の価値あり。

 『クサマトリックス/草間弥生』 森美術館 角川書店 (2004/04)

 『アーティストは境界線上で踊る』 斎藤環 みすず書房(2008/02)
 ヘンリー・ダーガーの日本への本格的紹介やひきこもり研究で知られる精神科医・斎藤環によるアーティスト
・インタビュー集。アウトサイダーアートへの言及が随所に見られる。18ページにわたる草間へのインタビュー/テキストが載っている。




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