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クービンは、青騎士会に参加した画家で、1922年、ハンス・プリンツホルンの作品が出版される直前に、神経病学者とともにハイデルベルグを訪れ、精神病患者の芸術作品に強く感銘した。そして、雑誌『クンストブラット』に次のような文章を寄せている。
「その作品がもつ芸術的法規への隠された執着故に、私もまた芸術を愛する私の友人も極度に強烈にその作品そのものに感銘を受けた。我々は、思考や熟慮から遠く隔たった深淵から夜明けのように生まれてくる。芸術の生命ともいうべき奇跡の前に立ち尽くしていた。これらを研究し賞賛することから得られるものは大きいに違いない」
以上、 『パラレル・ヴィジョン―20世紀美術とアウトサイダー・アート』 所収のラインホルト・ヘラーの論文より。
【略歴】
クービンは幼年期に母親と死別し、軍人の実父に虐待されて育った。ザルツブルクの工業学校に入学した後、写真技師の伯父に弟子入りするが、ガールフレンドの死をきっかけに鬱病となりピストル自殺をはかったため、精神病院に入院。その後もたびたび精神疾患に襲われ、非合理的なもの、暗鬱なもの、怪奇なものに魅了された。
1898年、父親の死によって遺産を得てミュンヘンで絵画を学ぶ。マックス・クリンガーの作品と出会い、ショーペンハウエルの思想に感化される。
1902年、『ジンプリティズム』に参加。ルドンやムンク、シュトックに影響された作品を描く。
1906年、イン河畔のツヴィクレットに古い館を購入。
1908年、『対極』(Die Andere Seite)を出版。(12週間で書き上げたという)
1909年、カンディンスキーらとともにミュンヘンの『新芸術家同盟』を創設。無名時代のパウル・クレーを発見、彼とともに『青騎士会』に参加する。E・T・A・ホフマンやエドガー・アラン・ポー、ドストエフスキーらの著作の挿絵を描く。
1920年頃、パウル・クレーを伴ってハンス・プリンツホルンの講演を聴く。
1922年、プリンツホルンの著作が出版される直前にクービンはハイデルベルクを訪ねている。
クービンの小説『対極―デーモンの幻想』 は実にすごい。この時代にすでに魔術的リアリズムともいうべき壮大なファンタジーを書いている。彼は挿絵も担当しており、舞台となった架空都市の略地図を描いている。
参考文献 : 『パラレル・ヴィジョン―20世紀美術とアウトサイダー・アート』
『すぐわかる画家別幻想美術の見かた』
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