[PR]看護師の好条件な求人情報満載:年間50000人の看護師が転職に利用!



カール・ヤスパース(Karl Jaspers)
オルデンブルグ(独) 1883年生 ― バーゼル(瑞) 1969年没

【略年譜】
1883年、ドイツ北部の港町オルデンブルグで銀行頭取の家に生まれる。
1901年、ハイデルベルク大学、ミュンヒェン大学で法学を学ぶ。
1902年、スイスのシルス=マリアで療養後、医学部に転部することを決意。その後ベルリン、ゲッティンゲン、ハイデルベルクの各大学で医学を学ぶ。
1907年、ハイデルベルクで開業医国家試験に合格。1909年、論文 『郷愁病と犯罪』で学位取得。
1910年、ハイデルベルク大学精神科の助手となる。親友の姉ゲルトルート・マイヤーと結婚。
1913年、『精神病理学総論』を刊行し、心理学の教授資格取得。
1916年、ハイデルベルク大学の心理学員外教授に就任。
1919年、『世界観の心理学』刊行。
1920年、フッサールの誕生祝の席でハイデガーと知りあう。尊敬するマックス・ウェーバーの死去に伴い、追悼文を起草。翌年、ハイデルベルク大学哲学教授に就任。
1922年、『ストリンドベリとヴァン・ゴッホ』刊行。
1931年、『現代の精神的状況』『哲学』全3巻刊行。
1933年、ナチス政権下で、妻がユダヤ人であるという理由により大学の職務から排斥される。
1937年、ナチス政権により教授職を罷免される。
1943年、ドイツ帝国出版委員会により出版が禁止される。
1945年、ハイデルベルク大学再開に伴い評議員を務める。
1947年、バーゼル大学に招聘される。ジュネーヴ国際会議でジョルジュ・ルカーチと論争。ゲーテ賞受賞。
1949年、バーゼル放送局の依頼で12回にわたり「哲学入門」をラジオ講演、翌年同題で出版。
1958年、ドイツ出版平和賞受賞。
1961年、バーゼル大学を退職。
1969年、バーゼルで亡くなる。享年86歳。




ストリンドベルクとゴッホ (1952年) 』 カール・ヤスパース(著) 創元社 (1952)
 ヤスパースが、ストリンドベルク、スウェーデンボルク、ヘルダーリン、ゴッホについて精神病跡学的に分析した本。ゴッホのテオへの書簡から数多くの文章を引用しており、ゴッホがいかに自分の精神の病と向き合ったかが分かります。

<<HOME  <<関連人名事典INDEX
<<関連年表 <<アウトサイダーアートのある場所 <<参考文献  <<本を探す


ご意見・ご感想は travis7jp@yahoo.co.jp

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


[PR]あの人との相性を計算機で診断:職場のあの人、嫌いなあの人との相性も!