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パウル・ゲッシュ (Paul Goesch)
シュヴェリン(独) 1885年生   ―   ハルトハイム(墺) 1940没
パウル・ゲッシュ : 八つ裂きにされたホルス

 1885年ドイツのシュヴェリンにベルリンの裁判官の息子として生まれる。内向的で夢見がちだった彼は、楽園都市の創造をめざしていた。チェルムノの主任建築家となり、1919年から20年にかけて、ガラスの鎖(ディー・グレーゼエルネ・ケッテ)という幻想建築に関心を抱く建築家グループの創立メンバーとなる。「教育を受けた建築家や、ちょっと腰を掛けただけの役所のバウマイスターなどには考えもつかないほどの子供たちの忘我に現れるような自然のままの姿や、東洋の建築へ向ける熱い眼差しを描き出してくれた」(『表現主義の建築』ヴルフガンク・ペーント著 長谷川章訳)
 しかし、情緒障害をおこして1921年義理の兄弟が医師をつとめるゲッティンゲン診療所に入院。そこで肖像画や抽象画、宗教的な画風の神秘的な絵を描く。ノヴェンバー・グルッペ(11月会)とつきあいが深く、1929年までその展覧会に出品する。1934年ころ、ベルリン南部の施設に転院。彼の水彩画はマンハイム美術館に収蔵されていたが、1937年に押収される。
 1940年、ナチスドイツはアウシュビッツに先立ちT4作戦という精神病者を安楽死させるプロジェクトを進めていた。パウル・ゲッシュは精神病者としてリンツ郊外ハルトハイムの強制収容所内に移送され、ガス室で殺される。
 1977年にはベルリンで600点近い彼の作品が展示された。


 

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