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ガストン・シェサック (Gaston Chaissac)
アヴァロン(仏) 1910生 ― ラ・ロシュ・シュル・ヨン(仏) 1964没

【略歴】
  1910年、靴の修理屋を営む家族のもとに4人兄弟の末っ子として生まれる。8歳のとき戦争で父親を亡くし、13歳のとき以来学校にも行けず職を転々とする。母親とのつながりが強く、1931年に若くして母親に先立たれた後は慢性の憂鬱症に悩まされる。1937年から兄のもとで暮らしはじめ隣人の画家オットー・フロインドリッヒとつきあうようになって絵を描きはじめる。その後結核となりノルマンディーのサナトリウムに送られるが、フロインドリッヒの励ましと医師の協力により絵を描き続けた。
 1942年に退院。カミーユ・ギベールと結婚。彼女が学校で教師として働くあいだ、シュサックは家事や庭の手入れをしながら独特な作品を制作しつづける。1944年にアンデパンダン展に出品した作品がジャン・デュビュッフェの目に留まる。デュビュッフェは専門的な美術の訓練を受けてないシュサックの創造性に感銘をうける。
(その後デュビュッフェはシュサックの作品『道化』を剽窃したと指摘され、「職業的な人々と交わって「知恵」がついたので、彼の作品はもはやアール・ブリュットとはいえない」と言ってコレクションから除外する。)
 その後も石や鉄に絵を描いたり、素描で埋めつくされた手紙を書いたり、厚板材で等身大の人物像をつくったりし、1960年代には欧州や米国で展覧会が行われるまでに至るが、64年に脳溢血で死亡。

 参考文献 : 『パラレル・ヴィジョン』

  

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