レオ・ナヴラティル (Leo Navratil)
1921年生

  マリー・グギング医院で精神科医として訓練を積んだほかウィーン病院で1年間神経科医として勤めた経歴あり。
 1950年初頭、ロンドンのモーズリー病院に半年間留学していた彼は、パーソナリティーの投影に関するカレン・マコーヴァーの本に影響される。ウィーンに戻るとマコーヴァーの考えを応用し、患者たちに症状の様々な段階ごとに絵を描いてもらい、病気の進行と創造性の関連を研究した。
 当初は診察面で知的障害者の絵画に興味を持っていたに過ぎなかったが、精神病者の美術そのものに関心を抱きはじめ、プリンツホルンモルゲンターラーの著作やルネ・ホッケなどのマニエリズムについての著作を読み、スキゾフレニア患者の絵画にマニエリズムの特徴を見出した。  それまでは自然主義的な描き方をしていた患者が、スキゾフレニアの症状の進行によって次第に幻想的でマニエリスティックな独創的表現を行うようになることを認めるとともに「神経弛緩薬のような薬物は深刻な病状の際に創造性を妨げる」と考え、薬物投与を控えるようになった。
 ナヴラティルがヨハン・ハウザーと知り合ったのは1949年。当時より彼の画才を認めていた。1965年に彼が書いた論文『スキゾフレニアと芸術( Schizophrenie und Kunst)』でハウザーを初めて紹介、1966年より正式に彼の担当医となる。  後年出版された『ヨハン・ハウザー 躁鬱質の芸術 Johann Hauser - Kunst aus Manie und Depression (1979/80)』でも彼を詳しく紹介している。

レオ・ナヴラティルの著作は他にも次のようなものがあります。いずれもドイツ語です。

Gugging 1946-1986 I. Art Brut und Psychiatrie Leo Navratil

Die Kuenstler aus Gugging Leo Navratil

 

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